Chapter14 オスカー・シンドラー (1/1)

初めて潜入した夜は、ワダさんの案内のおかげで、上手く組織の全容を掴むことが出来た。

構成員は全部で三十二名。 取りまとめ役はこの店のマスター、デイビッド・ボーマンだった。 バーは毎夜開いているが、この地下組織のための日は火曜日と金曜日だけだった。審議会からの話では、火曜のみの開催だったはずだが、聞けば、金曜日は映画製作を目的にした集まりとのことだった。 つまり、火曜日は主にアキラ以前の映画を酒のつまみに集まる日で、その中でさらに先鋭化した考えを持つ者たちの集まりが金曜日であった。 構成員は、年齢も性別も様々で、ただ単純に映画の話をしたくて来ている者もいれば、声高に政府当局への不平不満をあげ、映画製作に乗り出そうと訴える者もいた。 俺はどうにか酒で頭を空っぽにして——そうでもしなければ、殴り合いの喧嘩になったに違いない——適当に相槌を打ちつつ、この地下組織に溶け込もうと努めた。

「どうでした? 初めての会合は?」 午後十一時を回り、散会した帰り道、俺はワダさんに聞かれる。俺は、酔いで曖昧な意識の中、どうにか言葉を返す。「いや、まあそこそこに楽しかったよ」「そこそこですか? 彼なんかどうでした? 一緒に入ったあの学生さん」「あー、彼か。学生なの? 高校生かね?」「自己紹介で学校って言ってましたよね。中学生ってことはないんじゃないですか?」「そうか。彼ねえ……若いねえ」 ろれつの回らない回答。自分でも飲み過ぎたと反省する。

ホリーは、言葉通り、前のめりに映画について熱く語っていたのが印象的だった。あの脚本の三幕構成がいいとか、伏線の貼り方が上手いとか、そういった話だ。あんな大人たちに囲まれた中で、物おじせずに好きなものに対して意見が言えるのは、思春期のなせる業だと、俺は割合感心した。

「しかし彼は、よく映画を観ているねえ」「そうですね。イチカワさんも、もっと観て、もっと話さないとダメですよ」「何でだよ。大丈夫だよ」「大丈夫じゃないですよ。来週何か持っていきますから、是非観てください」「はは」俺は彼女の勢いに笑ってしまう。「ありがとう。楽しみにしてるよ」「ええ」「ああ、あとさ、聞いておきたかったんだけど、ここのボスって会えたりしないのかな?」 俺は何気ない調子で聞いてみる。ワダさんは、少し考えてから答える。「さあ、どうでしょう。私も会ったことはないですけど。ボーマンに聞いた方がいいんじゃないですか?」「いや、聞いてみたんだけど、あんまり会えなさそうだったからね。まあ、いいんだ。ちょっと気になっただけだから」 俺は話を切り上げる。彼女は俺の顔をのぞき込む。「そうですか。でも、知ってます?」「何を?」「ボスの名前」「ああ、コードネームね」「コードネームって言わないでください」「はは。で、何なの? さぞ大仰な映画のキャラクターなの?」「ええ。オスカーって言うんです」「オスカー?」

「オスカー・シンドラー。シンドラーのリストの主人公です」

俺は笑い出しそうになる。あの映画は観た。まさかユダヤ人を救い出す主人公の名を語るとは。そのボスは、この地下組織を国に売ろうとしている側だというのに——何とまあ大胆な事だろう。

「弱者を救う主人公を、自分に投影しているのかね」「弱者という言い方はよくないですね、イチカワさん。ユダヤ人も私たちも、時代と場所がクソほど最悪ってだけです」「ああ、そうだね……悪かったよ」 俺は謝って、会話を切り上げた。

徐々に繁華街と駅の方に近づくにつれて、喧騒が激しさを増し、酒で得た浮遊感を伴って、さっきまでの会合が、現実のことなのかどうか、確信を持てなくなってくる。

家に着き、ブルース・リーの顔を見て、俺は一気に疲労感に襲われる。これは現実なのだと。俺はあそこで映画を作るのだと。そして、そのまま深い深い眠りに落ちていった。