第35話『もうちょっとだけ』 (2/2)

駅前から徒歩数分、やってきたのは街路樹の立ち並ぶ長い遊歩道だった。 クリスマスシーズンらしく街路樹はきらびやかなイルミネーションで装飾されており、訪れた人々をその光の芸術で魅了している。

当たり前と言えば当たり前の話だとは思うが、夜も深くなってより一層カップルの姿が目に付くようになった。 幸せを共有するかのように腕を組んだり、イルミネーションを背景に写真を撮る姿などがちらほらと見受けられる。

そんな中、優人は雛と並んで歩いていた。 拳約二個分の、恋人としては遠く、友人としては近いような気もする微妙な距離感。それを維持しながら、人の流れに沿ってゆっくりと歩く。

「綺麗ですね……」「そうだな」

思わずといった様子で雛がこぼした感想に同意して頷く。 雛が寄り道を希望したのは、このイルミネーションを見たかったからなのだろうか。そういえばデザートビュッフェ店の壁に宣伝チラシが貼ってあったっけか、なんて今さらに思い返しながら、幻想的な光景に目を楽しむ雛の姿を横目で盗み見た。

――正直イルミネーションより、彼女の表情を見ている方がよっぽど有意義に思えた。

イルミネーションの色や明暗が変わるたびに新鮮な反応を見せ、子供のように澄んだ瞳を輝かせている。 ただでさえ人目を引く顔立ちにさらに魅力を上乗せされ、優人の意識に鮮烈に焼き付いていった。

周囲を歩く人々は、それぞれ自分のパートナーに視線を向けている。自分一人だけが雛の表情を一人占めしていることに恐れ多くすらなるけれど、かといって目を逸らす気にもなれなくて、雛の意識がイルミネーションに向いているのいいことに結局彼女ばかりを見てしまう。

そんな夜の散歩の終着点は、イルミネーションで輝く円形の噴水がある広場だった。 自販機で温かい飲み物を購入し、近くに設置されていた木製のベンチに二人で腰を下ろす。微妙にベンチの幅が短いせいか、拳約二個分の距離は半分に減った。

ペットボトルの緑茶で一息つきながら、同じようにミルクティーに口を付ける雛に目を向ける。

「寄り道って、イルミネーションが見たかったのか?」「いえ、特別そうというわけではなかったんですけど……あのまま帰ってしまうのは、ちょっともったいない気がして」「そっか」「ごめんなさい、寒い中、先輩を付き合わせてしまって。私のわがままでしたね……」

そう呟いた雛が足下に視線を落とす。その姿が無性にいじらしく思えて、優人の手はほぼ無意識に雛の頭に伸びた。 ぽんぽん、と手触りの良い群青色の髪の上から下がり気味の頭を叩く。

「……先輩?」「これぐらいなら安いもんだよ。俺も今夜は色々と楽しませてもらってるし。だから、わがままだなんて言うな」

常日頃から色々と頑張ってる彼女なのだ。こういう日ぐらい、わがままの一つや二つ好きなだけ言えばいい。それぐらいいくらでも応えてやると、すんなりそう思える自分がそこにいた。

「……ありがとうございます。先輩は、優しい人ですね」「まあ、せっかく親がくれた名前に恥じない程度にはならないとな」「ふふ、もう十分なれてると思いますよ――<ruby><rb>優人</rb><rp>(</rp><rt>・・</rt><rp>)</rp></ruby>先輩」

ほんのりと甘さを含んだような声音に囁かれ、優人の心臓が微かに跳ねる。 どくどくと早まる血流を鎮めようとする中、その原因をもたらしたイタズラな後輩は次の動きを見せた。

「先輩……これ、受け取ってもらえませんか?」