第44話 (2/2)

「勿体無いよ、受けた方がいい」

信じられないと言わんばかりに、リアは目を見開いていた。 直視することが出来ずに逸らしてしまうのは、これがなつめの本心ではないからだろう。

「何言ってるの?…歌詞はなつめちゃんじゃない人が描くんだよ?」 「でも、またとないチャンスじゃん。絶対受けるべきだと思う」

なつめが身を引けば、リアの夢は叶う。 彼女の歌声が世に放たれて、多くの人を癒すのだ。

それはなつめの夢でもあった。 彼女の歌声が多くの人に届いて、大好きで堪らない声をみんなに知って欲しかった。

そのための手段を、選ぶ余裕なんてあるはずがない。

なつめの言葉を聞いて、彼女の瞳が悲しそうに揺れ始める。

「なつめちゃんにとって…そんなものだったの?」 「え……」 「私にとって…一緒に作った歌は宝物なの。私が作曲して、それをなつめちゃんが作詞して…初めて作った曲はこれから先もなつめちゃんに聞いてほしいって思ってた」

大きな彼女の瞳から、堪え切れずに涙が一筋零れ落ちる。 美人は泣いていても綺麗だと思うほど、彼女の泣き顔は美しかった。

「でも……なつめちゃんはそうじゃないの…?」

今口を開けば余計なことを口走ってしまいそうで、必死に感情を抑え込む。

1年間、彼女と共に歌を作ってきたのだ。 本当は今すぐにでも、ポケットの中にある歌詞が綴られたルーズリーフを彼女に見せてしまいたい。

だけど、今のなつめの実力では彼女のお荷物になってしまう。 所詮は素人の子供が描いた歌詞よりも、プロに書いてもらったほうが良い曲が出来ることは確実なのだ。

「……私は、雅の歌を沢山の人に知ってほしい」 「……ッ」 「本当に好きだから…独り占めせずにいろんな人に聞いてもらって…私と同じように癒されてほしいって思う」

最初は一粒だったそれが、どんどん溢れ出して彼女の頬を濡らしていく。 こんなに悲しそうに涙を流す姿なんて見たくなかった。

「それじゃあもう、一緒にいられないじゃん…」 「……しょうがないよ」

自分で言っておいて、泣きそうになっているなんて馬鹿みたいだ。

それでも必死に堪えているのは、ここで泣いたら今までの言葉が全て無駄になってしまうから。

胸がヒリヒリと痛んで、喉がキュッと締まるような痛みを感じる。

辛そうに涙を流すリアを抱きしめてやりたいけれど、今のなつめは彼女を慰める権利すら持ち合わせていないのだ。