Chapter22 演技 (1/1)

雑居ビル 昼マンスリーカントリーの閑散とした編集部。姫野が、編集者の一人に詰め寄っている。

姫野「だからさ、この記事書いた記者に文句を言いに来たんだけど、いないんですか?」編集者1「今まだ八時前ですよ? 出勤なんかしてないですよ」マネージャー「姫野ちゃん、もう帰ろうよ。ダメだって、こんなことしたら。また変な記事、書かれちゃうよ?」姫野「マネージャーは黙ってて」

宇田神、フロアに現れる。

編集者1「宇田神さん、よかったー、あんたが出勤早い人で」宇田神 「ああ、おはようございます。どうかしました?」

宇田神、姫野たちを見る。

編集者1「それがさあ、宇田神さんがこの前書いた記事の件でさぁ……」姫野「あなたがこの記事書いた記者の方?」

姫野、手に持った雑誌を宇田神の目の前に突き出す。宇田神、雑誌と姫野を交互に見る。

宇田神「ああ、そうですね。僕が書きましたけど」姫野「すごく困ってるんですけど。私のデビュー前の素行なんか、記事にしないでくれませんか? 訴えますよ」宇田神「何だ、あなた、姫野めぐりじゃないですか」姫野「何その言い方。むかつく」

宇田神、姫野を避けて、自分のデスクの方へ向かう。後ろをついていく姫野。

姫野「逃げないでください。マジで訴えますよ?」

宇田神、自分のデスクでカバンを下ろして、ノートパソコンやらを取り出す。

宇田神「訴えるって……そんなこと、ホントに出来ますか? だってあなたが飲酒やたばこをやってたのは事実じゃないですか?」姫野「これのせいですっごい困ってるんですけど」宇田神「そんなこと知りませんよ、あなたの問題でしょう?」姫野「ホントにむかつく。キッカさんが言ってた通りだ。ゴシップ紙のライターはクズばっかりだって」宇田神「聞き捨てならないですね、そういう物言いは。こっちだって仕事で書いているんですから」姫野「クソみたいな仕事ね。他人を食い物にして金儲けするなんて」宇田神「いい加減にしてくれませんか? こっちも本当に怒りますよ?」

マネージャー、姫野の腕を引っ張る。

マネージャー「ほら、行くよ、姫野さん。もうこれ以上は駄目だって!」

姫野、マネージャーに引っ張られながら、宇田神に言う。

姫野「でも、いいわ。あんたの記事なんかで私のキャリアは潰されないから。絶対にこんな記事になんか潰されるもんですか!」

* * *

説明は難しい。 だが、正直に言わせてもらおう。 俺は、ワダさんたちが演じているのを見て、まるで本当の世界の出来事のような、どこかで実際に起きているような、そんな一端をそこに見出したのである。 分かっている。自分が書いた脚本は——いや、正確にはアキラがこさえた骨子を粉飾しただけだが——ただの造り物に過ぎない。現実の模造品に過ぎない。文字の、文章の、ただの羅列だ。 しかし、どうだろう……ワダさんのあの怒った口調、№∞の面倒くさそうな態度、どれも現実のことのように思えた。

「すごいですね!」 カットの声でカメラが止まると、ホリーが歓声を上げた。俺は無言で頷く。「でも、どうしてこのシーンからなんでしょう?」 ホリーが疑問を口にする。「うまいよな、うめえんだよな、そういうのがさ、あの男は」 俺は後ろを振り返った。棚にもたれかかったチャーリーがいた。酒場の入り口で飲んだくれていた、あの男だ。 彼は体を起こし、ビールの小瓶を片手に、俺らに近づいてきた。赤ら顔に嬉しそうな笑みを満面に讃えている。「今日も飲んでるんですか? 大丈夫ですか?」と俺。「大丈夫って?」「いや、あなただって結構な歳でしょう? 体を気遣った方がいいですよ。それに今日はクランクインですよ? 大事な日なんですし……」「はは。何言ってんだ、あんた。映画のクランクインだからこそ、じゃないか。バカだね、こりゃあ」 そう言って、笑い声を上げる。「何がうまいんですか?」 ホリーが尋ねる。「いやあ、映画ってのはさ、必ずしも順番に撮るわけじゃねえんだ。当たり前だが、効率を考えたら、ロケ地をまとめて撮った方が断然いいわけだ」「ええ」「そりゃあ、なかにはいるけどな、俳優の演技のことを考えて、順番に撮っていく監督もよ」「へえ」と俺。「他にも、始めに撮ったシーンをな、最後の最後にまた撮り直すって監督もいたな」 チャーリーは、思い出に浸るように感慨深げに言う。彼は、この地下組織内で最高齢のメンバーで、映画の知識でいえば、ボーマンよりも詳しかった。まさしくビオスコープの生き字引だった。「で、何がすごいんですか? 演出?」 俺は、年寄りの話が長引く前に本筋に戻す。チャーリーは、かっか、と笑い声ともつかない声を上げた。「いやな、あのお嬢ちゃんとお兄ちゃんは、まだまだ演技がこなれてないだろう?」「えー、とっても上手かったですけど?」とホリー。「そりゃあ、素人にしてはすんごいうめえのは分かってんだよ。言いてえのはよ、まだ役柄に入りきれてねえってこと。二人とも、自分と役柄の調律が出来ていないってことさ」 俺とホリーは顔を見合わせる。言われてみれば、そんな気もするが、正直難しくてよく分からない。「でだ、二人の演技がぎこちなくなることも踏まえてさ、今日このシーンをやったわけだ。つまりな、二人の登場人物は、このシーンで初めて出会ったわけだ。しかも、全くお互いの印象が悪い中で。もしかすれば、二人の演技が多少不得手であってもだな、このシーンであればよ、演出で飲み込めるかもしれないって、ボーマンはそう考えたんだよ」「すごいじゃないですか! へー、そういう方法もあるんですねー」 ホリーは感嘆の声を上げる。とても素直で純朴な反応。「本当にそこまで考えてるかなあ……」 俺は呟く。「考えてるはずだ、アイツなら考えてるさ。聞いてみればいい」「そうですかねえ」 いつも冗談を飛ばしてばかりのボーマンが、そんなことまで考えているとは思えない。 チャーリーはビール瓶で俺の尻を小突いた。「お前、信じてないな?」「信じてますよ、信じてますって」「しかし、おめえさんよ。いや、お前ら二人か」 チャーリーは俺とホリーを指差す。「クランクインした割に、のんびりしてんな。まだ大きな山が残ってんだろう?」 俺は気が付く、ホリーが俺を伺い見たことに。「分かってますよ。目下、検討中です」「ああ、頑張ってくれよ。俺あ、期待してんだ、この映画に」 そう言って、チャーリーは酒を煽りながら、のしのしと歩いていってしまった。 大した仕事もない彼は気楽でいい。完全にお客さんとして、この映画を楽しめばいいのだから。その点、俺は違う。映画を〝作る〟側だ。それも、周りにいる奴らの目を欺きつつ、アキラの代わりになるものでなくてはならない。心労は、余りある。「僕は、あの結末には納得していません……」 ホリーが言った。「分かっているよ。でも、映画はみんなで作るものだからね。根気強く、話し合わないといけない」「はい」 ホリーの声色に、影があることに気が付く。彼を見る。表情はうつむき加減で、読み取れない。俺は、努めて明るく言った。「大丈夫だよ。きっといい作品になる」これは本心からの願いでもある。 ホリーは、小さく頷いた。