Chapter18 制作者 (1/1)

■城下町 昼

アリテの居酒屋の裏庭 ナターリエ、石段に座り、紙束に目を通している。 隣に立つヴィルヘルム。

ナターリエ 「これ、あなたが全部書いたの?」ヴィルヘルム「ああ、そうだよ……もういいかい? それ、商品なんだけど」ナターリエ 「この恋文も? こっちの恋文も?ホントにホントにあなたが書いたの?」ヴィルヘルム「そうだってば。しつこいな」ナターリエ 「……ねえ、あなた、これ凄い才能よ」ヴィルヘルム「知ってるよ。だから商売でやってんじゃないか」ナターリエ 「あなた、私のために手紙を書いてみない?」ヴィルヘルム「え?」ナターリエ 「あなたの才能を買うわ」ヴィルヘルム「なあ、あんた何言ってんだよ?何でさっき道で会ったばかりのあんたに、俺が手紙を書くんだよ?」ナターリエ 「あなた、私が誰か分かってないの?」

ヴィルヘルム、ナターリエの顔を見る。何も言わない。

ナターリエ 「信じられない。ねえ、私、この国のお姫様よ? ナターリエ・アウグスト。分からない?」ヴィルヘルム「……え、嘘だろ? いや、嘘に決まってる。こんなところにいるわけがない」ナターリエ 「はあ……これだから下町は困るわ」ヴィルヘルム「だから、何でこんなところに……」ナターリエ 「お忍びで出かけてんのよ。バカね」

ヴィルヘルム、何も言わない。

ナターリエ 「で、書くの? 書かないの?」ヴィルヘルム「いや……」ナターリエ 「お金はいくらでもあるわ。あなたがさっき言ってた劇団を立ち上げる話だって、きっと手伝えるし」ヴィルヘルム「……」ナターリエ 「早く決めてよ。従者が私を探してるはずだから」ヴィルヘルム「な、何を書けば良いんだ?」

ナターリエ、ヴィルヘルムの手を握る。微笑む。

ナターリエ 「ありがとう」

ヴィルヘルム、目を逸らす。

ヴィルヘルム「で、俺は何を……?」ナターリエ 「近衛兵に書いてほしいの」ヴィルヘルム「近衛兵」ナターリエ 「ええ、私の憧れの人。でもね、今度、戦地に派遣されることになったの」ヴィルヘルム「そう」ナターリエ 「でもあなた、幸福よ。私のために仕事が出来るんだから」

* * *

家に帰ったのは、夕食の時刻をゆうに過ぎた頃だった。

俺たちは、作りかけの脚本の直しについて語り、これからやるべき作業を思いつく限り書き出した。俺は、俺の計画が徐々に形になっていくことに喜びを覚えた。 ボーマンもテリーもシュピルマンも気力十分で、きっとよく働いてくれるだろう。

リビングに入ると、姿勢よくリイは着座して、テレビの画面を観ていた。「おかえりなさい」 彼は俺を向いて言った。 画面をのぞいてみれば、『ドラゴン危機一髪』が流れていた。 ここ最近、彼は人並みの生活を営むようになっていた。俺に慣れたのか、時間と共に学習するのかは分からない。もしかすると、リイの頭の中には、生前の——と言っていいのであれば——記憶が幾らかでも残存しているのだろうか。「君が撮った映画じゃないか」 俺はリモコンを手に取り、エアコンの温度を二度下げながら、言う。「ええ。ですが、私は彼の複写生命ですからね。当たり前ですが、私という個体がこの作品を撮ったわけではありません」「君は監督もやっていたわけだろう? 何かアドバイスはないか?」「どういうことでしょう?」「ついに撮影が開始されることになった。あとで要点を伝えるから、審議会に報告をしといてくれ」「おめでとうございます」 リイは立ち上がり、頭を下げた。「監督ですか?」「何が?」「イチカワさんの仕事です」「いや、違うよ。制作だよ」 リイが少し微笑んだ気がした。「何だよ。全体を一番コントロールしやすいポジションだろう」 複写生命は、居住まいを正し、かしこまった様子で俺に言った。「いえ、その通りです。ですが、恐らく想像以上に大変かと……」「俺が今置かれている状況以上に難しいことなんかない。彼らを使って、映画を撮るくらいわけないよ」

数日後、俺は、自分の発言が間違っていたことを知る。