第177話『いじわるなあなたも』 (1/2)

やはり女性が綺麗な髪を維持するためには、色々と手間暇がかかっているらしい。それは、雛が髪を洗う姿を横目で窺った優人が改めて抱いた感想だった。

優人の背中を流し終えた後、優人が残った身体の前の方を洗う一方で、雛もまた自分の髪を洗うことにしたようだ。 あらかじめ持ち込んでいた自前の防水ケースから、普段使っているらしいシャンプーやらが入った旅行用の小さなボトルをいくつか取り出した雛は、その複数のものを慣れた様子で使い始める。旅館備え付けのシャンプーを使った優人とはそこからしてレベルが違う。

じろじろ観察するのは雛に悪いし、優人は優人で身体の前を洗う際に露わにある己の<ruby><rb>昂</rb><rp>(</rp><rt>たかぶ</rt><rp>)</rp></ruby>りを隠す意味でも距離を置いたのだが、洗髪中の雛の横顔はどこか真剣だ。

そんな彼女ですら髪の長さ自体は肩に触れる程度なのだから、さらに長い人たちは一体どれほどの神経を使うのだろう。 こんな機会でもなければお目にかかれない努力の一部に尊敬の念を覚えつつ、雛の洗髪が終わるのを見計らって彼女に近付いた。

ほっそりとした肩越しにこちらを振り返る雛の顔は、浴場という場所を抜きにしても赤らんでいると思う。

「えっと、お願いしてもいいですか……?」「……ん」

雛の指が、彼女の湯浴み着の肩紐に伸びる。 それはまあ、背中を洗う以上は当たり前の流れなのだが、目の前の光景に優人の視線は釘付けにならざるをえなかった。

両サイドの肩紐を解き、湯浴み着を少しずつ下げる雛。水分を含んだ湯浴み着はするりとは脱げず、雛が下へ下へ引っ張ることでようやく脱げていく。それが余計に、雛が自らの手で柔肌を晒しているという事実に直結して優人の心臓を騒ぎ立てる。

「ん、しょ……」

やがて露わになる雛の背中はこれもまたシミ一つたりとも見当たらない、見事という他ない眩しい白さを誇っている。 さながら降り積もったばかりの一面の処女雪。華奢な肩を盛り上げる<ruby><rb>肩甲骨</rb><rp>(</rp><rt>けんこうこつ</rt><rp>)</rp></ruby>にすら色香を感じてしまう中、その下にはなめらかな曲線美が続き、きゅっとくびれた腰回りを過ぎたところで肌色は途絶える。

そこから先は途中まで脱いだ湯浴み着で隠されているわけだが、それを残念だと思ってはいけない。 あくまで入浴中だ。隠されたものを暴きたいという欲を表に出すのは、少なくとも今ではない。

とはいえ、むき出しの背中をまじまじと見れる機会もあまりないのでつい黙って眺めてしまうと、やや前傾姿勢になった雛が潤んだ瞳をこちらに向けた。胸の辺りは両腕でぎゅっと隠しているので、今の雛は庇護欲と情欲を同時に湧き上がらせる。

「い、いつまで見てるんですか……」「悪い」

何だろう。気恥ずかしいし、正直興奮してる面があるのもそうなのだが、雛が優人以上に恥じらっているおかげでちょっと冷静になれた。 シャンプーと同様に雛が用意したボディーソープをスポンジに垂らし、山盛りのホイップクリームのように泡立ててから、雛の背中へ優しく塗り付けていく。

初体験の事後に雛の身体を洗ったことはあるが、あの時は本当に軽くシャワーを浴びるくらいで、こうしてちゃんと洗うのは初めての経験だ。 そのことに新鮮さを味わいながら、ゆっくりと丁寧に雛の背中を白く染めていく。

「ん、ふぁ……」

少なくとも嫌がられてはいないらしい。 雛のこぼす吐息がどうにも艶っぽく聞こえてしまうのが難点だが、なるべく意識せず手を動かし続ける。

「力加減はこんな感じでいいか?」「んー……今だと優し過ぎて、むしろちょっとくすぐったいです。もうちょっと強くても大丈夫ですよ」「了解」「あ、それ、気持ちいいです……」

それならばとスポンジに込める力を強めると、比例して真っ白な背中のなめらかさがより感じるようになる。雛は気持ちいいと賞賛してくれたが、こっちの感想も大概似たようなものだ。