第27話 マーリィ08 神剣の勇者 (1/2)

殴られたわたしは、真下の地面に強かに叩きつけられた。 全身を襲う衝撃に、一瞬意識が飛ぶ。

「がはっ……」

仮面が砕かれた。 晒されたわたしの素顔を見て、ヒューベレンが驚く。

「て、てめえは、アベルの奴隷の糞ガキ!?」

うつ伏せに身体を倒す。 震える腕で、なんとか身体を起こそうとする。 けれども受けたダメージが大き過ぎて、立ち上がれない。

「……そうか、糞ガキ。テメエがクローネとラーバンを殺ったのか」

ヒューベレンが左右の拳を突き合わせた。 指を鳴らしながら近づいてくる。

『マーリィ、お主の動きは先ほどから精彩を欠いておる! いったいどうしたのじゃ!? ……いや、そうか! この感情、お主、もしや――』

ようやくアウロラさまにも分かったらしい。 相変わらず鈍いと思う。 でも無理もないか。 わたしだって、つい今しがた自覚したばかりなんだから。

わたしの動きを阻害しているもの。

……それは恐怖心だ。

わたしの心をへし折った、仮面の男の一撃。 ヒューベレンの拳を受けようとするたび、わたしはあの恐ろしい攻撃をそこに重ねてしまう。 身体が竦んで動かなくなってしまう。

ヒューベレンが歩み寄ってくる。 その顔に凶悪な笑みを貼り付けながら。

「どうやって魔大陸を抜けてきたのかは知らねえが、今度はきっちりとぶち殺してやる」『妾を……! 妾を構えよ! マーリィ……!』「ぅ、ぅぐぐ……」

なんとか起き上がって剣を構えた。

神剣が重い。 身体が持っていかれそうになるほど……重い。

「く、くそぅ……」

脚が震えて立っているのもやっとだ。 この震えはダメージによるものか、それとも恐怖心によるものか……。 もうそれすら、わたしにはわからない。

「テメエみてえな雑魚が、どうやってあのふたりを殺ったのかはしらねえが、この俺様にまで勝てると自惚れたのが運の尽きだったなぁ?」

ヒューベレンが目の前に立った。 固めた拳を振り上げる。

「ぎゃはは! この奴隷が! 死にさらせ!」

ごうっと唸りを上げて拳が振り下ろされた。

「あぅ……ッ!」

頬を思い切り殴りつけられた。 わたしはふたたび地面に叩きつけられ、無様に這いつくばる。

「はっはー! おらぁ! おらおらおらおらぁ!」

調子に乗ったヒューベレンが、嗤いながら蹴りを加えてきた。 丸めた背中を踏みつけ、蹲るわたしのお腹を、顔を蹴り上げた。 何度も何度もそれを繰り返す。

「ぅ、ぅあ……」『逃げよ! 逃げるのじゃマーリィ! この戦いはお主の負けじゃ! 殺される前に逃げるのじゃ!』

アウロラさまが叫んでいる。 でも頭が朦朧として、なにを言っているのかまではわからない。

「おらよぉ!」

乱暴に蹴り飛ばされた。 わたしの小さな身体が吹き飛ばされて、ゴロゴロと転がる。 仰向けになってようやく止まった。

『……マ……リィ! …………リィ!』

意識が混濁してきた。 なにがなんだかわからない。 どうしてわたしは、こんな所で寝転がっているんだろう。

空を見上げた。 抜けるように高く、綺麗な青空。 スラムの路地裏から見上げた空を思い出す。

そういえば、あの日も頭上にはこんな晴れた空が広がっていたっけ。 奴隷市場から逃げ出し、死にかけながら見上げた空を思い出す。 アベルさまと出会い、救われたあの日のこと――

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

奴隷市場の檻に閉じ込められ、病にかかったわたしは、あとは死ぬのを待つばかりだった。

看病など望むべくもない環境。 日に日に体力が衰えて、痩せ細っていく体は骨と皮だけ。 奴隷を買い付けにきた客たちが、わたしを一瞥し、汚らしいものでも見たかのように舌打ちをする。 そんな毎日だった。

思えばあの頃も、いまのように無様に檻のなかで倒れこみ、床に這いつくばっていた。 わたしってなんにも変われてないんだなぁ。 自分の不甲斐なさが滑稽で、ちょっとおかしい。

わたしは悔しかった。 生まれた環境や、ままならない生活。 普通を望んでいるだけなのに、どうしてそこに手が届かないのか。

でもわたしが一番悔しかったこと。 それは自分の弱さだ。 スラムでの毎日にみっともなく縋り付き、自分を変えようとしなかった弱さ。 檻の中で無様に床を這い、己の弱さを噛み締めていた。