第6話 (1/2)

何か嫌な事があった時、近所のケーキ屋で甘いものを買って帰るようにしていたが、生憎あの店にはあの子がいる。

他にストレス発散方法も思い浮かばず、込み上げてくる怒りを解消出来ずに帰り道を歩いていた。

一体何なのだあの子は。 人の弱みにつけ込んで、それをダシに交換条件を出してくるなんて信じられない。

家までの帰り道にケーキ屋はあるため、必然的に店の前を通り掛かる。

外看板には「本日のおすすめ!紅茶のシフォンケーキ」と描かれていて、それがなつめの食欲をそそった。

シフォンケーキは今までプレーンしか取り扱いがなかったため、新商品だろう。

「……あ」

店内を除けば、カウンター内には誰もいない。 さっさと帰ってきたため、雅リアも帰宅していないようだった。  今ならチャンスだろうかと不審者のように店前でウロウロしていれば、背後から声を掛けられて肩を跳ねさせる。  「入らないの?」

手には箒とちりとりを持った、ここの店主である女性。 外観の掃き掃除をしていた彼女こそ、雅リアの叔母だ。

いつもニコニコと優しく穏やかな彼女と、雅リアが血縁関係にあたるだなんて信じられない。

「いつも買いに来てくれるよね?その制服…」 「…どうも」 「最近姪っ子が同じ高校に転校したの。リボンの色も同じだから同級生だと思う」

引き攣った笑みをかろうじて浮かべられるのは、普段散々美味しいケーキを食べさせてもらっているから。

その姪っ子に今日脅迫されて、渋々条件を飲んだという事実はグッと心の中に留めていた。

「すごく優しくて繊細で良い子だから…周りに馴染めているか心配で…」 「は…?」

優しい。繊細。良い子。 一体彼女がどこに当てはまるというのか。 校則違反であるピンク髪で転校初日から登校するような彼女は、どちらかと言えば鋼のメンタルの持ち主だろう。  喉元まで言葉が出掛かったが、それをぶちまけてしまう程子供ではない。

「…転校初日から友達も出来てるし、問題ないと思います」 「え…リアのこと知ってるの?」

コクリと首を縦に振れば、女性の顔がみるみるうちに嬉しそうに綻び始める。

無邪気に喜びを表現する素直さも、雅リアとは大違いだった。

「よかった…そうだ、ケーキ買いに来たのよね?あの子の友達ならどれでも好きなのをプレゼントするよ」 「大丈夫です…ダイエット中だから」 「そんなに細いのに…?」

やんわりと彼女の言葉を否定してから、後ろ髪を引かれつつ店を後にする。

結局新発売の紅茶シフォンケーキも、好物のブルーベリータルトも買えずじまいだ。

あんなに優しい叔母がいて、どうして姪っ子はあんなにも捻くれているのか。

同じ血が通っているとはとても思えず、雅リアの顔を思い出すだけでまた怒りが再熱してしまいそうだった。

誰も立ち入らない空き教室はなつめにとって秘密基地のような場所。 ここでだけは、王子という役目を気にせずに済む。

ほっと息をつける唯一の昼休み時間だと言うのに、なぜかなつめの秘密基地には彼女の姿があった。

眉間に皺を寄せながら、ぎろりと雅リアを睨み付ける。

「何してるの」 「別にいいじゃん」 「友達他にいるんだから、その子達と食べないの?」

答えたくないのか、返事がない。 彼女は自分が答えたくないと思った質問にはまるで聞こえていないかのように無視をしてしまうのだ。

しかし昨日散々彼女に対する怒りを込み上げさせたせいで、怒るのも疲れてしまった。

気にしていないように振る舞いながら、母親が作ってくれたお弁当箱を開いた。